癌の真実を。「ラプトブログ」で白昼夢が氷解!RAPT×読者対談〈第131弾〉癌という病気は存在しない。・論より証拠。No8,286

「癌という病気は存在しない」論より証拠!シリーズ

主なる神の、御心と御言葉を広く述べ伝えた神の人、イエス・キリスト様に及ばずとも、匹敵するに値する人物が  地球上に、いや、この我が日本の四国、愛媛県に、愛のヴェールを纏った神の人ラプト・ナカムラ様が現れました。

この世の支配層どもの悪事を照らし、人の欺き、偽りを解き、全人類を真理の世界へいざない、愛と喜び、平安と希望へと導いてくださっています。信じる者、求める者は救われると言われますが、信じるも、求めるも、決めるのは貴方次第です。すべては自由意思です。

私は、このラプトブログを全世界へ、全人類へ、この世の悪と愛の分別を拡散していきたくて、コピペして書かせていただいています。多くの生命を救い、そこから一人でも多くの義人が輩出されることを切に願って書いています。

そして今、我が人生のこれまでの犯してきた罪を悔い改め、贖罪の念から微力ながら伝道させていただいています。

RAPT×読者対談〈第131弾〉小林麻央の死は悪魔への生贄である。(悪の巨塔・日野原重明と市川海老蔵の深いつながり)

皆さん、大変長らくお待たせいたしました。久しぶりに一般記事を更新いたします。

今回はまたしても「癌利権」に焦点を当ててお話をしたいと思います。

そして、読者対談のオープニング曲も心機一転して新たに作ってみましたが、いかがでしょうか。

ここ一年ほどの間、「小林麻央」が乳癌をわずらったとのことで、マスコミ各社が総力を挙げて「小林麻央」とその夫の「市川海老蔵」のことをやたらと熱心に騒ぎ立ててきました。

しかし、このブログの読者である皆さんは、これらの報道を見て、すぐさま「癌利権」の関係者たちがボロ儲けしようと企んでいる、と分かったはずです。

「乳癌にかかると恐ろしい。だから、きちんと検診を受けて早期発見しなければならない」とのプロパガンダを垂れ流すことによって、この世の多くの女性を不安に突き落とし、病院に駆け込ませようという寸法なのです。

しかし、実際のところ、「癌」という病気はこの世には存在していません。これについては、以前にこれまでに何度も記事にしてきました。

RAPT×読者対談〈第114弾〉癌という病気は存在しない。(前編)

RAPT×読者対談〈第115弾〉癌という病気は存在しない。(後編)

ですから、「小林麻央」が乳癌にかかったというのも嘘だということです。

「癌利権」の関係者どもが、歌舞伎界の寵児(?)である「海老蔵」と結託し、「小林真央」を利用した上で国民を騙してボロ儲けしようと画策したのです。

そして「海老蔵」自身、「小林真央」の命を生贄として捧げる見返りとして、今後さらに有名にしてもらえるという保証が与えられたわけでしょう。

イルミナティの世界では、有名人としてのしあがるために、自分にとって最も親しい人の命を殺し、悪魔に捧げなければならないという取り決めがあるからです。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

キリスト教がミトラ教から誕生したという大嘘。ミトラ教は悪魔教であり、悪魔崇拝者たちが悪魔教の要素をキリスト教に混入していったのです。

ですから、「海老蔵」もまたご多分に漏れず、知名度を上げるために誰か親しい人の命を悪魔に捧げなければならなかったのでしょう。

実際、これまでの一連の「小林麻央」報道によって、「海老蔵」はすっかり国民的なヒーロー(?)になってしまいました。

と同時に、一連の「小林麻央」報道によって、「癌利権」も随分と儲かったに違いありません。

しかし、もしこの推測が正しいとしたら、「市川海老蔵」は「癌利権」と何らかのつながりがあったということになります。

そこで、私は「市川海老蔵」と「癌利権」に何らかのつながりがないかどうか調べてみたのですが、意外にあっさりとその答えは見付かりました。

今回の対談者も、「癌利権」についてかなり深いところまで調べてくださったので、我々の調査は思っていた以上に速いスピードで進むことができました。

まず、癌治療の「早期発見・早期治療」などと銘打って、日本で初めて「人間ドッグ」を開設し、「予防治療」なるものを広めた立役者が、実は先日死んだばかりの「日野原重明」です。

〈日野原重明〉
---------------------(以下、こちらから転載)

■訃報 日野原重明さん 105歳=医師

「元気に老いる」体現 命と平和訴え続け

100歳を超えて現役の医師として活躍し、「元気に老いる」を体現した聖路加国際病院名誉院長で文化勲章受章者の日野原重明(ひのはら・しげあき)さんが18日、呼吸不全のため死去した。

105歳。葬儀は病院葬として29日午後1時、東京都港区南青山2の33の20の青山葬儀所。喪主は長男明夫(あきお)さん。

1911年山口県生まれ。

京都帝大医学部卒業後、41年に聖路加国際病院に内科医として赴任し、2012年に聖路加看護大(現聖路加国際大)理事長の座を退くまで71年間、一線で働き続けた。

同病院名誉院長、同大名誉理事長に就任後も患者と言葉を交わしていた。

病院によると、日野原さんと話すことが患者の生きがいや喜びにつながっていたという。

早くから予防医学の重要性を説き、民間では初となる人間ドックを同病院に開設。

「生活習慣病」という言葉も生み出した。

一方で、「75歳以上」の人を「新老人」と名付け、00年には「新老人の会」を設立。老後の新しい生き方を提唱した。

東京大空襲でも診察に当たり、薬不足などで救えなかった経験から「命と平和の尊さ」を訴え続けた。

95年のオウム真理教による地下鉄サリン事件で病院長として陣頭指揮を執った。

---------------------(転載ここまで)

もし「人間ドッグ」が存在しなければ、日本人の多くが「癌」と診断されて、ムダに死ぬこともなかったでしょう。

ですから、多くの人々を「癌」に見せかけて殺してきた立役者の一人が、実はこの「日野原重明」だったのです。

マスコミは彼のことをいかにも人の良さそうな名医として報道していますが、調べれば調べるほど、この「日野原重明」は筋金入りの悪であり、イルミナティの最重要人物であることが明らかになってきました。

まず以下の記事を読んでみてください。少し長いですが、非常に重大な記事です。

---------------------(以下、こちらから転載)

■地下鉄サリン事件で日比谷線が最も多くの犠牲者を出したのはなぜか?

(1)3月20日に東京メトロ霞ヶ関駅で慰霊式を挙行するのは、「地下鉄サリン事件」と呼ばれる出来事の真相を隠蔽する為ではないか?

今年も3月20日に「地下鉄サリン事件」と呼ばれる出来事の慰霊式が東京メトロ霞ヶ関駅で挙行された。

TBSニュースバードや NHK総合では、「現場となった霞ヶ関駅」と言う言い方をしていた。

この言い方は間違いではないだろう。だけど、この言い方をいくつかの放送局がして、何より毎年霞ヶ関駅で慰霊式を挙行する事により、多くの人々は霞ヶ関駅が1番たくさんの被害者を出して1番悲惨な状況だったと誤解するようになっていないだろうか。

実は、地下鉄サリン事件で最も多くの被害者を出したのは、東京都中央区にある日比谷線の築地駅です!

地下鉄サリン事件

築地駅は、後述する聖路加国際病院の最寄り駅です。

私には、3月20日に東京メトロ霞ヶ関駅で慰霊式を挙行するのは、「地下鉄サリン事件」と呼ばれる出来事の真相を隠蔽する為のように思えてならない。

(2)営団地下鉄<当時>霞ヶ関駅

オウムは強制捜査を妨害するために、警察庁のある霞ヶ関に通勤する警察幹部を狙って地下鉄にサリンを撒き、捜査を撹乱し、その間に証拠隠滅を狙っていたと言われている。

1995年3月20日は月曜日で、事件は平日朝のラッシュアワーのピーク時に発生した。

霞ヶ関の官公庁の公務員は、通常は午前9時30分頃に出勤することが多い<えっ、そんなに遅いの! 羨ましい!>。

しかし、月曜日だけは朝早くに朝礼があるところが多く、8時という早い時間を狙ったのはそういう官公庁の 内部を知っている者が犯人の中にいたからではないかと推測されている。

霞ヶ関の官公庁の公務員、取り分け、霞ヶ関に通勤する警察幹部を狙ったと言う点に着目すれば、確かに霞ヶ関駅は象徴的な駅には違いない。

(3)地下鉄霞ケ関駅から採取した毒物が入っているとされる容器を運び出す警視庁科学捜査研究所の職員が笑顔なのはなぜか?

↑画像:地下鉄霞ケ関駅から採取した毒物が入っているとされる容器を運び出す笑顔の警視庁科学捜査研究所の職員 1995年3月20日、東京・千代田区

多くの人々が倒れている状況で、多くの人々が倒れている状況の原因となった毒物が入っているとされる容器を運び出す時、笑顔でいられるものだろうか?

常識的に考えれば、笑顔は消え失せ緊張感に満ちあふれているのではないかと思われる。

それなのに、このリラックス感たっぷりの警視庁科学捜査研究所の職員の笑顔はいったい何を意味するのだろうか?

もしかしたら、中には毒物など入っていないのではないだろうか。笑顔の警視庁科学捜査研究所の職員は芝居を演じているのではないだろうか。

もっと踏み込んで書けば、自分達の計画が決行されている事に無上の喜びを感じているようにも見える。

(4)地下鉄サリン事件で日比谷線が最も多くの犠牲者を出したのはなぜか?

地下鉄サリン事件のターゲットにされたのは、丸ノ内線、日比谷線で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄車内だった。

↑画像 東京地下鉄路線図 1995年当時

地下鉄サリン事件で13名の方々が逝去された。その中で何と10名が日比谷線利用者であった。

地下鉄サリン事件 – Wikipedia

その中で北千住7時43分発の日比谷線中目黒方面行きが8名の死者を出している。なぜ、突出して死者数が多いのか?

北千住発日比谷線は散布役の林泰男(現在は小池泰男)と送迎役の杉本繁郎が担当したとされている。

他の実行犯がサリン2パックを携帯したのに対し、林は3パックを携帯した。

また、3パックの内1パックが破損し、二重層のパックの内袋から外袋内にサリンが染み出ていた。

彼は北千住7時43分発の電車の3号車に上野駅から乗車した。

林は秋葉原駅で実行犯のうち最も多くの穴を開けサリンを散布したとされている。

以上がWikipediaなどから判る突出して死者数が多い理由である。

事件発生後の8時10分、日比谷線は複 数の駅で乗客が倒れ、また運転士から爆発事故との通報を受け、築地駅と神谷町駅に多くの緊急車両が送られた。

次第に被害が拡大したため営団は8時35分、 日比谷線の全列車の運転を見合わせ、列車・ホームにいた乗客を避難させた。一方で千代田線・丸ノ内線では不審物・刺激臭の通報のみで、更に被害発生の確認 が遅かったため、運行が継続された。

(5)なぜ林泰男だけ3パックを携帯し秋葉原駅で実行犯のうち最も多くの穴を開けたのか?

それは最初から実に広い収容スペースがある東京築地の聖路加国際病院に多数の犠牲者を収容するつもりだったからではないだろうか。

秋葉原駅で実行犯のうち最も多くの穴を開けたというのは絶妙である。こうする事により、悲惨な状況のピークになる頃、電車は聖路加国際病院の最寄り駅・築地駅に到着する。

(6)東京二十三区内で戦時中に全く爆撃がなく無被害だったエリア

ロックフェラー財団の寄付で建てられた図書館のある東京帝国大学付近。アメリカ聖公会の建てた聖路加国際病院付近。日本正教会のニコライ堂(東京復活大聖堂)と関連施設。

丸の内の第一生命館や明治生命館などがある地域などは、戦後統治に米軍が駐屯するために残してました。

金持ちが住む白金<しろがね>地区、谷中・根津・千駄木地区など。

空襲の標的になったのは主に貧乏な人々が多く住む下町で、ここは人口が密集しているために爆撃の効果が高い上、何より産業・経済の集積地だった。

1995年の阪神淡路大震災も、貧乏な人々が多く住むエリアが壊滅的な打撃を受けた。

多くの人々が不幸に陥る出来事があった際、金持ちは助かっている例が多い。

(7)聖路加国際病院

地下鉄サリン事件の時、大半の患者が運ばれた聖路加国際病院は、元米軍極東中央病院です。

病院名は、使徒パウロの協力者の一人であり、新約聖書の福音書の一つである『ルカによる福音書』の著者とされる聖人ルカの漢字表記に由来している。

1874年、東京・築地の外国人居留地に、スコットランド一致長老教会の宣教医師ヘンリー・フォールズが健康社築地病院を設立した。その後、築地近辺で転々と場所を移動した。

フォールズはこの地でエドワード・モースの弥生町遺跡発掘に協力する中で、土器に残された指紋に興味を持ち、指紋捜査法を発見した。エドワード・モースと申す人は、大森貝塚を発掘した事で有名です。

1902年: フォールズが帰国した後荒廃していた築地病院の建物を、米国聖公会の宣教医師ルドルフ・トイスラーが買い取り、聖路加病院とした。ロシア革命が起きた1917年に、聖路加国際病院と改称した。

1923年、関東大震災で病院が倒壊、入院患者80名を青山学院の寄宿舎に移送、後に仮設病院を建設して診療を継続した。新病院が完成後は、仮設病院は管理棟や看護専門学校(後の聖路加看護大学)として使用された。

1933年、 皇室・米国聖公会・米赤十字などの寄付により新病院再建(現在の旧館)された。

1943年、政府に「大東亜中央病院」という名称に改名させられた。特高警察がスパイの嫌疑で日野原重明氏や日野原氏の同僚を取り調べたり、特高警察が患者を装って病院に出入りし、「大東亜中央病院」を監視をしていた。

1945年: 当病院があることにより築地・明石町一帯はアメリカ軍機による東京大空襲の爆撃を免れた。

日本の敗戦後には旧称に復帰したが、日本を占領下においた連合国軍を構成する一員となったアメリカ軍に病院施設が接収されて米軍極東中央病院として使用されたため、現在の国立がんセンター中央病院がある場所に「聖路加築地分院」を開設して診療を行った。1955年、「本院」がアメリカ軍から返還され、現在 地に戻った。

(8)日野原重明 104年間の人生 PART1

↑画像 2015年11月1日実施「日野原重明先生 104歳 記念講演」のポスター

日野原重明氏は、1911年10月4日、山口県山口市湯田にある母の実家で生まれた。

(註・「湯田」という地名は、イエス・キリストを裏切った「イスカリオテのユダ」から来ているのでしょうか。)

6日後の10月10日、 清で武昌新軍が蜂起した。世に言う「辛亥革命」が始まったのだ。

前年の1910年、メキシコ革命が始まっていた。

メキシコ革命は、1877年以来メキシコ大統領の座にあったポルフィリオ・ディアス氏に対する反対運動として始まった。

日野原重明氏が生まれた翌月11月、継続中のメキシコ革命で、農民派のサパタ氏が蜂起した。

日野原重明氏が生まれた日本は、中国やメキシコとは真逆の動きが進展していた。革命的な動きを弾圧する動きである。

1910年に起きた大逆事件の裁判で幸徳秋水氏ら被告全24人に、大審院が死刑判決を下したのは1911年1月18日 であった。

さて、7歳で洗礼を受けた日野原重明氏は、731部隊の石井四郎が首席で卒業した京都帝国大学医学部を卒業後、1941年に聖路加国際病院の内科医となった。

1951年、聖路加国際病院内科医長に就任した。

1957年、石橋湛山首相が脳梗塞で倒れ入院した際、石橋首相の主治医を務めた。

(9)石橋湛山氏を首相の座から引きずり降ろしたのは誰か?

孫崎享(まごさきうける)氏の著書「アメリカに潰された政治家たち」で、アメリカと戦った12人の政治家の一人として評価されているのが、石橋湛山氏である。

石橋湛山氏は、首相就任後すぐ、不審な病に倒れ辞職した。

その後88歳まで生き、長生きであった。あの時の病はなんだったのか。薬物攻撃を受けたのではないかとも指摘されている。その説が正しいとすれば、誰が薬物攻撃をしたのか?

石橋湛山首相が脳梗塞で倒れ入院した際、石橋首相の主治医を務めたのがクリスチャンの日野原重明氏ですので、日野原重明氏の可能性が高い。

(10)よど号ハイジャック事件

1970年、日野原重明氏は、福岡での内科学会への途上によど号ハイジャック事件に遭い、韓国の金浦国際空港で解放された。

日本初のハイジャック事件ということもあり、犯行グループが「この飛行機は我々がハイジャックした」という犯行声明に対し、「ハイジャック」の意味を知らなかった日本人乗客の為に日野原重明氏は自ら手を挙げ、「ハイジャックとは飛行機を乗っ取って乗客を人質にすることです」と機内で説明した。

ハイジャック中に犯人グループから人質へ本が提供されたが、応じたのは日野原だけで、『カラマーゾフの兄弟』を借りた。

日本初のハイジャック事件で、この驚くべき落ち着き。事前に日本初のハイジャック事件が起きる事を知っていなければ、これだけの落ち着きは示せないのではないだろうか。

日野原氏以外は犯人グループから本を借りなかったと言う事実は、その時点において、日野原氏以外の搭乗客は不安におののいていた事を示すと思われる。

また、その事実は、日野原氏がよど号をハイジャックしたグループと通じていたのではないかという疑惑を深める。

犯人グループは赤軍派を名乗り、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に亡命する意思を示して同国に向かうよう要求し、よど号は福岡と大韓民国(韓国)の金浦国際空港を経由して朝鮮民主主義人民共和国の美林飛行場に到着した。

運航乗務員を除く乗員と乗客は福岡とソウルで解放されたものの、身代わりとなった運輸政務次官山村新治郎氏と運航乗務員、犯人グループはハイジャックされた機で北朝鮮に向かい、運輸政務次官山村氏と運航乗務員はその後帰国したものの、犯人グループは亡命した。

なお、犯人グループが亡命した北朝鮮が、本日<2016年3月21日>午後3時19~4時5分(日本時間同)の間に、咸鏡南道(ハムギョンナムド)咸興(ハムフン)南方から日本海に向けて短距離の飛翔体(ひしょうたい)を5発発射したと明らかにした。

(11)日野原重明氏 104年間の人生 PART2

1974年、聖路加国際病院を定年退職。聖路加看護大学学長(第4代)に就任(1998年迄)。

1992年に聖路加国際病院院長に就任(1996年迄)。 無給で院長を務めた。

1995年3月20日、地下鉄サリン事件が起きた。

院長であった日野原氏の判断により、事件後直ちに当日の全ての外来受診を休診にして被害者の受け入れを 無制限に実施し、同病院は被害者治療の拠点となり、朝のラッシュ時に起きたテロ事件でありながら、犠牲者を最少限に抑えることに繋がったと評価されている。

この病院の対応は、ペンタゴンをはじめ諸外国からも絶賛された。

ペンタゴンの驚嘆 地下鉄サリン事件の聖路加国際病院

1996年、財団法人聖路加国際病院理事長に就任、院長を退任し聖路加国際病院名誉院長となった。

日野原氏は日本で最初に人間ドックを開設、早くから予防医学の重要性を説き終末期医療の普及にも尽くした。

従来は「成人病」と呼ばれていた一群の病気の名称を「生活習慣病」に改めたのも彼である。

2001年12月に出版した著書『生きかた上手』は120万部以上を売り上げた。

高齢者の希望の星的存在となっている。

保守思想を持ち、皇室を崇敬。度々皇室行事に招かれている。

新日本国憲法に勤皇奉仕義務を明記するよう求めている。

一方で、朝日新聞で執筆中のコラム「95歳の私 あるがまま行く」において、君が代に代わる新国歌の制定も提案した。

君が代に代わる新国歌の制定、私は賛成です。それにしても「勤皇奉仕義務」ですか、日野原さんってウルトラ右翼なんですね。「勤皇奉仕義務」、私は反対です。

でも、もしかしたら、日野原さんは似非右翼かもしれない。

私は高天原山事変の首謀者と指摘されている中曽根康弘氏も似非右翼ではないかと考えている。

日野原さんが似非右翼ではないかと考える理由は、よど号ハイジャック事件の犯人グループ<赤軍派>と通じている可能性があるからだ。

さて、日野原氏は100歳を超えてなおスケジュールは2、3年先まで一杯という多忙な日々を送っている。

乗り物でのわずかな移動時間も原稿執筆に使い、日々の睡眠時間は4時間半、週に1度は徹夜をするという生活だったが、96歳にして徹夜をやめ、睡眠を5時間に増やしたと言う。

日野原氏は少なくとも 110歳まで現役を続けることを目標にしていると語っている。

日野原重明氏は、日本の医師・医学博士であり、現在、一般財団法人聖路加 国際メディカルセンター理事長、聖路加国際病院名誉院長、上智大学日本グリーフケア研究所名誉所長、公益財団法人笹川記念保健協力財団名誉会長、一般財団 法人ライフ・プランニング・センター理事長、公益財団法人聖ルカ・ライフサイエンス研究所理事長などを務める。

(12)よど号ハイジャック事件のその後 【証拠湮滅】山村新治郎氏の娘は操られていたのか?

さて、よど号ハイジャック事件で身代わりとなった運輸政務次官<当時>山村新治郎氏は、宮崎勤事件が世間を騒がせていた1989年6月3日成立の宇野内閣(約2ヶ月の短命内閣)で運輸大臣を務めました。(同年8月10日まで=宮崎勤の自宅が捜索された日)

地下鉄サリン事件、よど号事件と国立がんセンター、厚生労働省を繋ぐもの

1992年、山村新治郎氏は、自民党訪朝団団長として北朝鮮への訪問を翌日に控えた4月12日、自宅にて精神疾患を患った24歳の次女に出刃包丁で刺され殺害された。当時健在であった母の目の前での惨劇であった。

北朝鮮に訪問の際には22年ぶりによど号グループ首謀者の田宮高麿<社会主義者なのに貴族のような名前、まあ、本人が名付けたわけではないのですが。>と会う予定であった。

日本国憲法下で他殺された現職国会議員としては、浅沼稲次郎氏に続いて二人目(丹羽兵助氏を他殺に含めると三人目)。次女は引きこもりがちであったと言うが、茶道教室に通う等をしていた。

また、よど号事件の時、次女は2歳であったが、身代わり人質で有名になった新治郎氏を羽田空港で出迎えた。新治郎氏の選挙をよく手伝っていたことから、後援会関係者からは「次女を後継者に」と言う声も挙がる一方で、次女の精神疾患に気付く者はいなかったという。

次女は心神喪失により責任能力なしと判断され不起訴となるが、4年後に自殺している。

次女が自殺した前年、つまり、地下鉄サリン事件が起きた1995年の11月30日、田宮高麿が平壌で死亡したとされた。

当局は死因を心臓麻痺と発表した。

しかし、前日の29日に赤軍派議長だった塩見孝也が田宮に平壌駅で見送られており、死亡日前日まで田宮が元気であったことが確認されていることから、拉致 事件を追っているジャーナリストの多くが田宮の死に疑問を呈している。

(13)地下鉄サリン事件が起きる事を予期していたかのような聖路加国際病院の新病棟建設

日野原氏は東京大空襲の際に満足な医療が出来なかった経験から、「過剰投資ではないか」という批判を抑えて、大災害や戦争の際など大量被災者発生時にも機能出来る病棟として、広大なロビーや礼拝堂施設を備えた聖路加国際病院の新病棟を1992年に完成させた。

この備えは1995年の地下鉄サリン事件の際に遺憾なく発揮され、通常時の機能に対して広大すぎると非難されたロビー・礼拝堂施設は緊急応急処置場として機能した。

↑画像 運び込まれた聖路加国際病院の廊下で治療を待つ被害者たち (東京都中央区の同病院で) 1995年03月20日

(8)で記した通り、日野原氏は、1941年に聖路加国際病院の内科医となって以来現在に至る迄、聖路加国際病院と関わっている。

「東京大空襲の際に満足な医療が出来なかった経験から」と主張なさるのなら、なぜもっと早く大災害や戦争の際など大量被災者発生時にも機能出来る病棟の建設を提案なさらなかった のですか?

新病棟は、地下鉄サリン事件の3年前の1992年に完成した。

(11)で記した通り、日野原氏は、その1992年に聖路加国際病院院長に就任し、地下鉄サリン事件が起きた翌年の1996年院長を退任した。

日野原氏は、地下鉄サリン事件が起きる事が判っていて、地下鉄サリン事件に対応できる新病棟を建設し、1995年3月20日の地下鉄サリン事件に対応した翌年、使命を終えたと思い院長を退任したのではないだろうか。

事前に判っていれば、当日に入るかもしれかった手術は、他の日にずらす事も可能だし、当日、出勤する医師や看護師の数も事前にある程度増やしておく事が可能だっただろう。

何しろ、日野原氏は、院長なのだから。

---------------------(転載ここまで)

この記事を見ればお分かりの通り、「日野原重明」が「よど号ハイジャック事件」と「地下鉄サリン事件」に関与している可能性は大です。

というか、ここまで来ると、完全な「クロ」と言うしかありません。

彼は「よど号ハイジャック事件」と「地下鉄サリン事件」に関わった確信犯の一人なのです。

そして、このようなキナ臭い事件を起こして、多くの人々の命を見殺しにできるのであれば、病気にかかってもいない人たちを「人間ドッグ」に呼び寄せて大金をぼったくり、その挙句に「あなたは死の病にかかっています」と嘘の診断を下して、大量の治療費をぼったくることなど朝飯前でしょう。

そして、場合によっては「癌」と偽って、本当に人を殺してしまうわけですね。

で、実を言うとこの「日野原重明」。「市川海老蔵」とも深い関係があることが分かりました。

先ず、「市川海老蔵」は「関東連合」という暴走族のリーダー「石元太一」と昔からの知り合いでした。

〈石元太一〉
これは、「市川海老蔵」が行きつけの「バルビゾン27」というビルの中で「石元太一」を殴るという、通称「海老蔵事件」によって明らかになったことです。

---------------------(以下、こちらから転載)

■11代目市川海老蔵暴行事件

十一代目市川海老蔵暴行事件(じゅういちだいめ いちかわえびぞう ぼうこうじけん)とは、2010年(平成22年)11月25日に十一代目市川海老蔵が元暴走族の男に暴行された事件。

「関東連合」の存在が世間に広く知られるきっかけとなった。

■詳細

2010年11月24日、海老蔵は午後11時ごろから歌舞伎役者の仲間らと飲食していた。

その後日付が変わった25日明け方に知人たちと別れて独りで飲んでいたところ、石元ら数人とトラブルになり、殴られたとみられる。

海老蔵は、「飲食店で知り合った仲間と飲んでいて、その後酔いつぶれた人を介抱していたらいきなり殴られた」としているが、その後の報道などで、テキーラを灰皿に注いで飲ませようとしたり、髪を引っ張る、頭を叩くなどの行為に及んだとする証言が浮上していた。

また、海老蔵が「俺は人間国宝(または「平成の助六」)だ」などと暴言を吐いていたという報道もあったが、海老蔵本人は否定している。

加害者側は海老蔵が石元に対する頭突きに対応した過剰防衛を主張した。

裁判所は「被害者の行動が犯行を誘引したことも否定できない」と海老蔵の落ち度を認めたが、「状況から(被害者による)頭突きを認めることは困難」とした上で「仮に頭突きされたためだったとしても、被害者がさらに攻撃を加えようとした事実はない」として過剰防衛を否定した。

さらに暴行の程度については、「被害者に相当量の出血があり、意識不明に陥った場合は窒息死する可能性もある、危険な犯行だった」と認定した。

---------------------(転載ここまで)

ちなみに、対談の中でもお話しています通り、「バルビゾン27」の「バル」とは「バアル」のことで、「27」とは「27クラブ」のことでしょう。

バアルをご存じない方は、以下のリンクをご参照下さい。

京都の「祇園祭」はもともと牛頭神バアルに幼子を生贄として捧げる悪魔崇拝儀式でした。

また、「27クラブ」をご存じない方は、以下のリンクをご参照下さい。

27クラブ – Wikipedia

そして、「石元太一」はまだ十代だった頃に、以下のような悪質な事件を起こしています。

---------------------(以下、こちらから転載)

■トーヨーボール事件

(石元太一が)非行に明け暮れた10代の時期に関与した各種事件のなかでも特に重大なものであった(自叙伝『不良録』)のが、都内大田区池上のボウリング場「トーヨーボール」が現場となった暴走族同士の乱闘事件、いわゆる「トーヨーボール事件」(2000年)で、1名の死者を出すに至ったこの事件の首謀者として逮捕されたこと、あわせて、被害者への「懺悔」の意思をのちの自叙伝『不良録』の内に明かしている。

この事件は無関係な少年グループを対立暴走族グループと勘違いして襲撃した末に飲食店勤務の少年(当時18歳)を脳挫傷で死亡させたもので、犯行に用いた車両が女優の三田佳子(次男が関東連合関係者らから小間使いのように扱われていた)の名義であったことなどから、「関東連合」がメディアの注目を惹起するきっかけとなった事件でもあった。

自身は傷害致死の判決を受け、特別少年院に送致される結果となった事件であった。

---------------------(転載ここまで)

太字にした部分を読むと、いきなり女優の「三田佳子」の名前が出てきますね。

なんと「石元太一」が「三田佳子」の車を借りていたとのこと。彼ら二人が、どれほど近い関係にあったかがよく分かります。

そしてこの「三田佳子」。以前の対談でもお話しましたように、「TSK・CCCターミナルビル」の会員制クラブの常連客でしたね。

RAPT×読者対談〈第129弾〉日本は在日ヤクザに牛耳られている。(麻生太郎と朝堂院大覚と嵯峨天皇)

---------------------(以下、こちらから転載)

SK・CCCターミナルビル(ティーエスケイ・シーシーシーターミナルビル、英称:Toa Sogo Kigyo・Celebrity Choice Club)は、東京都港区六本木に存在した高級会員制クラブやレストラン、オフィスなどの複合ビル。

「Celebrity Choice Club」

元暴力団関係者が経営しているにもかかわらず、オープニングレセプションは読売新聞社の渡辺恒雄(その後同社会長)が運営委員を務め、司会は後に参議院議員となる女優の山口淑子が務めた。

さらにゲストとして町井の後見人の児玉誉士夫と親しい岸信介元首相や園田直衆議院議員などの政界人や、岡田茂三越会長などの財界人、三田佳子などの芸能人から各国の特命全権大使までが駆けつけた。

オープン後も、「Celebrity Choice Club(セレブリティーが選択するクラブ)」の名の通り、長嶋茂雄や石原裕次郎、E・H・エリックやデヴィ・スカルノ、アラン・ドロンなどの著名人が毎晩のように訪れるなどの盛況を見せた。

---------------------(転載ここまで)

この「TSK・CCCターミナルビル」は、暴力団「東声会」の組長「町井久之」が建てたものです。

町井久之 – Wikipedia

そして、「町井久之」は「山口組」の三代目組長「田岡一雄」の盃を酌み交わし、その舎弟となった人物でしたね。

町井久之 – Wikipedia

そして、「田岡一雄」といえば「笹川良一」とも飲み友達でしたよね。(詳しくは以下のリンクをご参照下さい。)

「麻生太郎」と山口組と統一教会と北朝鮮とイスラム国。全ては裏で一つにつながっている。

はい。ここで一気に「海老蔵」と「笹川良一」がつながってしまいました。

簡単にまとめると、こういう感じですね。

■市川海老蔵 → 石元太一 → 三田佳子 → TSK.CCCターミナルビル → 町井久之 → 田岡一雄 → 笹川良一

ということは、「海老蔵」はイルミナティの核心人物である「麻生太郎」ともつながってしまうことになります。

なぜなら、「麻生太郎」と「笹川良一」は昔からとても深い関係があるからです。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

「麻生太郎」と山口組と統一教会と北朝鮮とイスラム国。全ては裏で一つにつながっている。

そして、実を言うと、「日野原重明」も「笹川良一」とは大の仲良しだったようです。以下の記事が、その証拠です。

〈笹川良一〉
こちらから転載)

日野原氏の最大の功績は日本における「予防医療」の普及だろう。

「病気になってから病院に行くより、病気になる前に行って予防した方が本人のためにも社会のためにも良いはずだ」

そう考えた日野原氏は1973年に「財団法人ライフ・プランニング・センター」を立ち上げ、予防医療の普及に半生を捧げた。

最初にやったのは「家庭での血圧測定」だった。

今でこそ、家庭に血圧計があるのは当たり前だが、当時、血圧測定は「医療行為」とされ、病院で医師や看護師に測ってもらうしかなかった。

面倒だから誰も普段から血圧は計らない。ある日突然、脳溢血や心臓発作など高血圧に由来する病気で倒れるのだ。

氏は厚生省(現在の厚生労働省)と掛け合い、家庭での血圧測定を認めさせる。

一方でライフ・プランニング・センターは全国を巡回し、プロの看護師が主婦たちに血圧計(当時は水銀を使っていた)の使い方を教えた。

ライフ・プランニング・センターの設立にあたって、資金を提供したのは財団法人日本船舶振興会(現日本財団)の笹川良一会長(1899-1995、当時)だった。

笹川氏は自らの主治医でもあった日野原氏の思想に共鳴し、センターの活動資金として日本船舶振興会から3億6000万円を拠出、さらに東京・港区にある笹川記念館の11階フロアを権利金・敷金なしの破格の家賃で貸した。

毀誉褒貶の激しい笹川氏から支援を受けることについて、周囲は反対したが、日野原氏は「世のため人のためにお金を使おうとしている今の笹川氏は立派な人だ」と話し、堂々と金を受け取った。

理想を実現するためには、現実と向き合う。

そんなプラグマティズム(実用主義)が氏の真骨頂だった。

---------------------(転載ここまで)

「日野原重明」が「ライフ・プランニング・センター」なる建物を設立する際に、なんと「笹川良一」が3億円ものお金を援助したとのこと。(対談の中で、聖路加病院の設立のために援助したとお話しましたが、正しくはライフ・プランニング・センターでした。訂正してお詫びいたします。)

さすが「笹川良一」。毎年、国から助成金として「200億」をもらっているだけのことはあります。(この助成金についての詳細は、以下のリンクをご参照ください。これまた対談の中で、600億と言いましたが、正しくは200億でした。訂正してお詫びいたします。)

「麻生太郎」と山口組と統一教会と北朝鮮とイスラム国。全ては裏で一つにつながっている。

しかし、彼ら二人がもともと何の縁もなければ、「笹川良一」がいきなり「日野原重明」に3億もの大金をあげるわけがない。

彼ら二人は赤の他人どうしではなく、もともと何らかの深い関係があったということです。

それこそ、どちらもイルミナティ(フリーメーソン)に所属する仲間であり、ホモ仲間だったのではないでしょうか。

このように、「笹川良一」と「日野原重明」とにつながりがあったということは、当然、「市川海老蔵」と「日野原重明」も一気に一つにつながってしまうことになります。

簡単に言うと、こういうことになりますね。

■市川海老蔵 → 石元太一 → 三田佳子 → TSK.CCCターミナルビル → 町井久之 → 田岡一雄 → 笹川良一 → 日野原重明

このように「市川海老蔵」と「日野原重明」がつながっていたということになると、当然、「海老蔵」と「日野原重明」が結託し、「小林真央」を利用した上で「癌利権」がボロ儲けできるように画策した、という疑いは濃厚になります。

そもそも、今回の対談の中でもお話しています通り、「小林麻央」は乳癌と診断された後、一度もテレビに出なくなりました。

しかし、乳癌になったぐらいでテレビに出られなくなるわけがありません。

実際、「北斗晶」も乳癌にかかりましたが、彼女はその後もテレビにはバンバン出ていました。

なので、私は「小林真央」はテレビに出られなくなった時点で、既に死んでいたのではないかと疑わざるを得ません。

しかも、彼女がどこの病院に入院していたのかも定かではありません。

もともと「聖路加病院」に入院していて、その後、「慶応病院」に移ったとの噂もあるようですが、これもまた憶測の域を出るものではありません。

小林麻央はどこの病院で目撃?現在は聖路加でなく慶應義塾大学病院だった!

入院している病院も特定できないとは、一体どういうことなのでしょうか。

芸能人だから沢山の人たちが駆けつけてくるかも知れない、だから入院している病院を知られないように配慮した、ということなのでしょうが、それならどうしてマスコミは「聖路加病院」か「慶応病院」にいるなどとの報道を垂れ流したのでしょうか。

やはり、「小林真央」はこのときにはもう既に死んでいたのではないでしょうか。だから、入院した病院すら誰にも分からなかったのではないでしょうか。

それに何より、「小林真央」が入院した後の写真が、明らかに別人にしか見えません。

〈入院した後の小林麻央〉
以下は、入院する前と後の比較写真です。(出典はこちら

いくら病気になり、スッピンになったからと言って、ここまで人相が変わってしまうものでしょうか。

目の形はもちろん、鼻の形もかなり違うように見えます。

単なる目の錯覚でしょうか?

これらのことから考えて、やはり「小林麻央」は乳癌にかかったためにテレビに出なくなったわけではなく、最初から死んでいた、いえ、もっとはっきりと言うなら、最初から殺されていた、と考えざるを得ないのです。

それなら、彼女が急にテレビから消えた理由も納得ができます。

では、なぜ彼女が殺さなければならなかったのかというと、先ほども言いました通り、「海老蔵」を有名にするためです。

悪魔に自分の親しい人間の命を捧げることで、自らの知名度をさらに高めようとしたのです。

特に「歌舞伎」の世界では、次から次へと多くの人々が短命で死んでいます。詳しくは以下のリンクをご参照下さい。

10月31日ハロウィンの日に起きたロシア機エアバスA321墜落事件と、異常に増えつづける有名人の死亡者数について。

ですから、「歌舞伎」の世界では誰かが誰かを殺すということは、それほど特別なことではないのではないのかも知れません。

しかし、「海老蔵」としては、自分と親しい誰かを殺すことは忍びなかった。

なので、あれこれと考えた末、自分の好きではない人物を殺すことにした。

そんなことをしたら、悪魔に生贄を捧げたことにはなりませんが、それでも一応、自分の嫁を殺せば、最も親しい人を殺したという風に悪魔に見せかけることができます。

実際、「海老蔵」にとって「小林真央」は好みのタイプではなかったようです。

これは、芸能関係者の間では有名な話のようです。

---------------------(以下、こちらから転載)

■市川海老蔵が小林麻央を選んだ本当の理由

2010年に起きた関東連合幹部との暴行事件後は一時期、大人しくなったものの、結婚した小林麻央の周辺からは派手な女関係を心配する声はいまだに根強い。

今まで彼を通り過ぎて行った女性は数知れずと言われてます。歌手、モデル、女優、タレントと…

現在は結婚し二児のパパなのは皆さまもご存知だと思われますが、そんな海老蔵さんが妻として選んだのは当時フリーアナの小林麻央さんでした。

数えきれないほどの女性がいて結婚相手も選び放題だったのはずの海老蔵さんが梨園の妻として自分の妻に小林麻央さんを選んだのには理由があるようです。

■小林麻央は市川海老蔵の好みの女性ではない?

「海老蔵は小林麻央のことを『ハイ、ハイ』と何でも素直に従う都合のいい女と思っている。また、『スルメのような女は嫌い』とも言っています。

意味するところは不明ですが、そもそも、海老蔵は麻央が好みの女ではありません」

確かに、かつて浮名を流した巨乳の米倉涼子さん、佐藤江梨子さんのような派手さや豊満さは小林麻央さんにはありません。

「麻央に処女の匂いを感じたからでしょう。海老蔵は殴打事件があった六本木や西麻布に集まる男経験豊富な女ばかりとアバンチュールを楽しんでいましたから。麻央のような従順で処女の女は初、ともっぱらの噂でした」

ちなみに海老蔵さんは米倉涼子さんとも結婚寸前のところまでいっていました。

海老蔵さんが20億円ほどの借金を負っていて、病気になってしまった父の代りに払わなければならない状態だったようです。

「小林麻央さんの父親は資産家では?」などとネットで噂もありましたが、実際は普通の銀行員なんですね。小林麻央さんの年収が1億円ほどあるのと、大手信託銀行に努めている父親の存在を理由に後援会がプッシュをしたようです。

お金だけではなく、年齢なども影響するとか。当時米倉さんはもう35歳でしたし。出産するとなるとデメリットもあります。歌舞伎という狭い世界なので子孫を残していけるというのも重要な要素のようです。

■ネットの噂は本当か?

ネットではこのように「借金を肩代わりしてくれるから」、「麻央さんは処女だから」の2つの理由があると言われていますが、実際には海老蔵さんの本能とお家柄にあるようです。

男性は付き合う女性と結婚する女性はタイプが違うとよく聞きます。

確かに今までお付き合いされた女性はグラマラスで派手、女の色気がムンムンって感じな方が多かったのですが、麻央さんにはその派手さはなく真面目でおしとやかなタイプです。

海老蔵さんは自分がスキャンダラスなので結婚相手は真面目で浮ついた噂のない女性を選んだのでは?とも予想される。

今までの米倉涼子やサトエリは派手だし男ウケもするがどちらかと言うと家庭的ではなく、男性からの誘惑が多そうなだけに、もしかしたら浮気だってするのかもしれない。

その点、麻央さんは家庭的で一筋、浮気とは無縁のような雰囲気の女性である。そんな女性を海老蔵さんは本能で探し当てたようです。

ネットではいい加減な噂が流れていますが、お家柄とか云々じゃなくただ単に海老蔵さんは麻央さんの事が大好きなのですね。色んな女性を見てきた中でも今までで一番好きになったのが麻央さんだっただけのようです。

やはり一番の理由は海老蔵さんが麻央さんの事を大好きだったのです。妻として選ぶ理由にこれ以上はないですね。

---------------------(転載ここまで)

はっきりと言いますが、男性が付き合う女性と結婚する女性とを区別する、なんてことは普通は考えられません。

どんな男であろうと、好きだから結婚するものです。これは当たり前のことです。

しかも、この記事を読む限りでは、「海老蔵」は過去にはっきりと「小林真央」のことを嫌いだと言っていたようですね。

ならば、なおさら彼女と結婚するはずがない。

なのに、なぜ彼女と結婚したのかというと、「自分の嫌いな人なら悪魔への生贄として捧げても惜しくはない」と思ったからではないでしょうか。そうとしか考えられません。

つまり、「海老蔵」は悪魔すらも騙したということですね。

自分の好きでもない人と結婚しておいて、その妻を殺し、きちんと親しい人を生贄として捧げたでしょ、と言って悪魔をも煙に巻いたわけです。

なんとも残酷な話ですが、「海老蔵」なら、それぐらいのことは朝飯前でしょう。

何せ、彼の霊魂はどこまでも真っ黒に汚れているみたいですからね。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

RAPTブログ読者の証言〈VOL.14〉性欲まみれの生活から抜け出して、平穏な日常を手に入れた30代男性。

また、「日野原重明」が設立した「聖路加病院」にはもともと分院があったのですが、この分院が今の「国立がん研究センター」となっています。

そして、この「国立がん研究センター」を設立したのが「武見太郎」なる人物です。

〈武見太郎〉
そして、この「武見太郎」には自民党議員である「武見敬三」という息子がいます。

で、実はこの「武見敬三」。その姉が、「麻生太郎」の弟「麻生泰」と結婚しているのです。

つまり「麻生太郎」は、「癌利権」の核心人物と、義理の兄弟関係を結んでいるわけです。

〈武見敬三〉
---------------------(以下、こちらから転載)

武見 敬三(たけみ けいぞう、1951年(昭和26年)11月5日 – )は、日本の政治家、元ニュースキャスター。自由民主党所属の参議院議員(4期)。

元厚生労働副大臣。学歴は慶應義塾大学大学院法学研究科博士後期課程満期退学。

学位は法学修士(慶應義塾大学)。家族は妻と2男1女。

日本医師会の会長であった武見太郎の子息。

麻生グループ代表麻生泰(麻生太郎衆議院議員の弟)の和子夫人は姉であり、武見自身麻生太郎とは母方のはとこにあたる。

---------------------(転載ここまで)

系図で見ると、このようになりますね。

こうなってくると、「麻生太郎」が「癌利権」にも深く頭を突っ込んでいることは明白です。

さすがはイルミナティの重鎮です。どんな悪いことにも「麻生太郎」は関わっているというわけです。恐れ入ります。

ちなみに、麻生太郎がどれほどの巨悪であるかについては、以下のリンク記事を一通りご覧いただけば、すぐにご理解いただけることと思います。

天皇家一族の重鎮「麻生太郎」という巨悪。

「麻生太郎」こそイルミナティの計画する主要な悪事の中心的な実行犯である。

「麻生太郎」こそ人工地震「3.11」と「熊本地震」を起こした主犯格である可能性大。

「麻生太郎」と山口組と統一教会と北朝鮮とイスラム国。全ては裏で一つにつながっている。

「森友学園」問題の本当のカラクリ。日本の政治もマスコミも「麻生太郎」のために動かされている。

「麻生太郎」とロスチャイルド家との強力なつながり。またはベンジャミン・フルフォードの正体。

ついにマスコミが「麻生太郎」に斬り込みを入れた。「森友学園」問題はやはり秦氏と出雲の戦いか?

「麻生太郎」一族が「関東大震災」「阪神大震災」「東日本大震災」の主犯であると見られる幾つもの証拠。

RAPT×読者対談〈第125弾〉どこからどう陰謀論を語っても全て「麻生太郎」につながるという現実。

RAPT×読者対談〈第126弾〉麻生太郎と悪魔崇拝。麻生太郎がこの世界の中心になろうとしている現実。

RAPT×読者対談〈第127弾〉イルミナティの終焉まであとわずか。

RAPT×読者対談〈第129弾〉日本は在日ヤクザに牛耳られている。(麻生太郎と朝堂院大覚と嵯峨天皇)

RAPT×読者対談〈第130弾〉エボラ熱を広めた犯人は麻生太郎である。(現代日本を支配する藤原家=麻生家の闇)

また、最後に補足として付け加えておくと、「乳癌」にかかる可能性がある人が、「乳癌予防」のために乳房を切除することを日本国内で最初に承認したのも「聖路加病院」とのこと。

つまり、「乳癌予防」でボロ儲けできるように、日本で最初に画策したのが「日野原重明」ということですね。

一体、どこまで悪なのでしょうか。

---------------------(以下、こちらから転載)

■国内でも乳房予防切除 聖路加とがん研有明病院が準備

米人気女優アンジェリーナ・ジョリーさん(37)が受けたことで話題になった、乳がんを予防するための乳房の切除・再建手術について、聖路加国際病院(東京都)が病院内の倫理委員会で承認していることが20日までに分かった。

がん研有明病院(同)でも早ければ月内にも倫理委員会に申請する。

将来、乳がんになる確率が高いとはいえ、発症前の健康な体の一部を切除する手術の是非について論議を呼びそうだ。

遺伝性乳がんに関する遺伝子「BRCA1」か「BRCA2」に変異が見つかり陽性だった人が対象。

これまでは検診の強化で対応しているが、選択肢の一つとして予防切除をできる体制を整えることにしたという。現時点で切除の希望者がいるわけではないという。

これらの遺伝子のいずれかに変異があると、50歳までに乳がんを発症する確率が33~50%、70歳までの確率は56~87%になるとの研究結果がある。

国内では約15人に1人が乳がんになり、乳がん全体の5~10%が遺伝性との海外データがある。

約20万~23万円の検査費用と約70万~100万円の切除費用は自己負担。再建手術は術式によってさまざまという。

がん研有明病院では、遺伝子検査はすでに実施しており、陽性だった場合には、早期にがんを見つけ治療するため、医師の診察を3カ月ごと、マンモグラフィーなどの画像検診を半年ごとにするなど、検診を強化している。

厚生労働省医療課によると、国内の公的な医療保険制度は基本的に予防関連の医療を対象としておらず、乳がんの予防切除は保険の適用外。

同課の担当者は「予防を認めるとなると乳がんのみにとどめるわけにはいかず、大きな議論が必要になる」と述べ、適用拡大は難しいとの認識を示した。

現在、この遺伝子検査は国内の80以上の医療施設で受けることが可能で、導入された2008年以降、約1600人が検査を受けた。

---------------------(転載ここまで)

「BRCA1」、「BRCA2」などという遺伝子のせいで、乳癌になるそうです。

またしても、竹中平蔵式ですね(笑)。

素人には分からない難解な言葉を使って、国民を煙に巻いて騙すという戦法です。

「あなたの体内からBRCA1、BRCA2が検出されました」と言われても、素人はそれをそのまま信じ、受け入れるしかありませんから。

そして、素人はそう言われると、不安になってどんな大金を払ってでも癌を切除したくなります。

しかも、この遺伝子を発見された人たちは「人間ドッグ」で検診を受けられるぐらいの金持ちなので、治療費を死ぬまできちんと払ってくれることでしょう。

かくして、「日野原重明」や「麻生太郎」など「癌利権」関係者はボロ儲けにボロ儲けを重ねてきたというわけです。

ということで、今回は主に「癌利権」についてのお話をしましたが、今回の対談は、最後の最後に「台湾」について軽く触れたところで終わりになっています。

そして、もちろんこの対談には続きがあります。

ここ最近、私はブログ以外の活動にかなり忙しく奔走しているため、定期的に記事を更新できるかどうか分かりませんが、できる限り、近いうちに次の記事を更新したいと思っています。

どうぞお楽しみに。

15 Comments
  •  

    Posted at 18:28h, 17 8月

    オープンニング曲、鳥肌が立つ程、素晴らしい曲です。仕事帰りの自分に素晴らしいご褒美をいただけました。
    ありがとうございます。

    今回の一般記事、もの凄くボリュームがあり、かつとても重要な記事でしたので、早速、自身のブログともリンクさせてください。

    これを読む一般読者の方が、ガン利権で人々を恐怖に追いやり、金儲けをする人間がいるという確証が得られ、この世の人間サタン、悪魔の根絶を心から祈り、真に滅亡を改めて祈りたい思うことでしょう。

    命は尊いというのに。
    悪魔をこれ以上、野放しにはできません。

  •  
    はな

    Posted at 21:05h, 17 8月

    RAPT様、肉的な活動がお許しになられたことでより次元が進まれたのだなぁと推察するとともに、とても嬉しく思っております。
    さて、今回のガン利権の記事は私の実体験に重なる部分もあり興味をもって拝読させていただきました。
    私がRAPTブログに出会うきっかけが妻の乳癌の診断でした。そして”ガンは嘘”だと信じ何とか病院の診療を受けないようにしてきましたが、なかなか受け入れてもらえず乳房切除手術をうけたのが、小林麻央さんが亡くなったとされた前日のことでした。
    人間的に考えれば今回の記事を読み、日野原重明氏のことをとても恨むのでしょうが今は冷静に感じられる自分があります。
    幸いに妻は手術は受けたものの、健康的な食事に改めたことで以前よりも健康的な感じがしますし女性的な魅力も増していると感じております。
    そして私も同じ物を食べているので体が軽くなり活力に満ち、お酒も断ちましたので特に頭の回転が良くなった気がします。
    おかげで主の御心ではないかと思っている活動を精力的に取り組めております。
    悪の存在を恨むのではなく、主に全てをゆだね裁きを祈る毎日です。
    癌が嘘だと心の底から信じれる人間はそう多くはないと思います(妻に信じさせることが出来なかった経験と、妻の両親からの迫害から)が、いつの日にか明確に世の人々が理解できる形で、癌という病気が存在しないと証明され、ガン利権に関与してきた人間が裁かれることをお祈りいたします。

  •  
    はちみつ

    Posted at 22:33h, 17 8月

    まるで、今から優良記事が始まるかのような神霊さに包まれた素晴らしいオープニング曲。感動いたしました!!
    そして、今回も、ガンに関して、よくぞここまで悪を暴いて下さいました!RAPTさんに、対談者の方に心から感謝いたします。

    私の両親から始まり、テレビに毒されているB層の人達が周りに殆どで、彼らは人間ドックを当たり前のように受け、芸能人のガンを知る度にガンを怖がり、医者や薬に頼る始末。本当にRAPTブログを知って欲しいです。

    本当に本当に、全ての日本人はこの真実をいち早く知るべきです。 いつまでも、悪人にボロ儲けさせてはなりません。

    必ず、RAPTブログが世界中で読まれ、真実が世界中に広まり、真実を知り落胆するのではなく、じゃあ、自分はどう生きればいいのか、答えが書いてある優良記事を皆が読み進めていけますように!

  •  
    DENEN

    Posted at 22:40h, 17 8月

    RAPT様

    久しぶりの一般記事、更にレベルアップした感じで
    その鮮やかな展開に、ただただ感心しながら拝聴させて頂きました。

    癌利権と言えば、以前記事に出た、雨上がり決死隊の宮迫が
    くしくも本日、アフラックから首を切られました。
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170817-00000064-spnannex-ent

    主に感謝申し上げます。

    さて、今回の記事の中にありましたように
    >イルミナティの世界では、有名人としてのしあがるために、自分にとって最も親しい人の命を殺し、悪魔に捧げなければならないという取り決めがあるからです。

    というところですが、実に納得しました。というのも
    自民党・参議院の山谷えり子ですが
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E8%B0%B7%E3%81%88%E3%82%8A%E5%AD%90

    ~文中~
    夫の小川聖(おがわ せい)は共同通信海外部長として在職中の2003年(平成15年)8月に交通事故に遭遇し、同月12日に死去。

    とありますが、確か
    夜自宅付近の坂で酔っぱらって自転車で転び頭を打ってそのまま亡くなった、
    ということだったと思いますが、葬儀等で当時のご親族の様子など知っておりまして
    突然身内が亡くなった割には何か悲壮感が感じられない、と言いますか、
    凄く違和感を感じたのを憶えておりますが
    今回の記事の上記のことで凄く納得しました。

    現に、山谷氏はご主人が2003年に無くなり。
    翌2004年には、「第20回参議院議員通常選挙で自民党から比例区に出馬し、得票数6位で参議院議員初当選。」
    更に翌2005年にはいきなり、「第3次小泉改造内閣の内閣府大臣政務官に就任」!

    なるほど、と思わざるを得ません。
    しかもクリスチャンですし。。。
    でもなんだか実にスッキリしました。
    ありがとうございます。

  •  
    山崎 尚

    Posted at 22:57h, 17 8月

    RAPTさん、御忙しいところ一般記事の更新をありがとうございます。日野原重明が亡くなった時に、wikipediaを見たら、京都帝国大学、聖路加、人間ドック、笹川記念財団…これはクロだな。と思ったら、地下鉄サリンもとは。死んだ時期も、こんな時期とは。

  •  
    ヒデカ

    Posted at 23:52h, 17 8月

    癌治療の記事お待ちしてました。有料記事も勿論読ませて頂いてますが、一般記事のアップ嬉しいです。
    治療中の写真に違和感を感じ、亡くなるときは在宅だったようなので、もしかして小林痲央さんは亡くなってないのでは?と思ったのですが、それは別人の方で、本人は亡くなってたんですね。納得しました。

  •  
    Satomi.C

    Posted at 00:18h, 18 8月

    久々の一般記事に加え、美しいピアノのメロディーを聴かせて頂きありがとうございます。記事の内容が衝撃的だったので、なおさらこのピアノには癒されました・・・。
    小林麻央さんの件は先程まで信じられない気持ちでしたが、今回の記事を読んで、納得せざるを得ませんでした。
    テレビでも入院後の麻央さんの顔はじっくりと見ていなかったんですが、こうして比較してみると、目のくぼみが全然違うんですね。麻央さんのブログに掲載されていた写真もいくつか拝見しましたが、やはり何か顔立ちが違ったりと、そっくりさんが1人ではなく何人もいるのでは?と疑ってしまうばかりです。川島なお美さんも癌で亡くなりましたが、やつれていたとはいえ、川島さん本人である事は確信が持てます。そう思うと、やはり麻央さんのやつれた写真は不自然に見えてしまうのです・・・。本当に恐ろしい事です。姉の麻耶さんがこのブログを見たらどう思うのでしょうか?・・・恐らく、麻耶さんも承知の上だったのかもしれませんが。
    また、日野原重明氏の死去ですが、偉大な医師と褒め称えられていたので私も疑いの目しかありませんでした。死去当時、軽く調べていたのですが、ここで紹介されているブログは私も拝見しておりました。明らかに悪魔であると確信していましたし、事実、天皇家と非常に親しい間柄であり、文化勲章受賞等、医療の分野では相当な影響力を持った悪人でした。110歳までは現役で居続けるという目標を掲げていたそうですが、このタイミングで神様が裁いてくれたのだと感じます。
    それにしても、市川海老蔵・・・、おぞましい程の悪の塊ですね・・・。一族の中でも、ここまでどす黒い人間はいなかったのではないでしょうか?麻央基金なるものを立ち上げる話も出ていますが、もう人としての良心なんてものは無いのかとさえ思います。
    一刻も早く悪が裁かれる事を祈ります。

  •  
    rapt

    Posted at 00:26h, 18 8月

    工作員とおぼしき人から、こんなメールがきました。
    この人は、有料記事もきちんと読んでいる人なので、工作員かどうかは分かりませんが、いつも向こう側に都合のいいメールを書いてくる人なので、気になっています。

    ---------------------

    久しぶりの一般記事の更新、ありがとうございます。
    小林麻央さんの末期の時の写真が別人ということに関して、自分の家族の経験からメールさせていただきました。
    亡くなる前の30kg台に痩せたころだと、このように目がぎょろっとして別人に見える写真もあり得ると思います。
    この方は、耳たぶが三角の切り立ってるのが特徴の耳だと思いますが、痩せたころの耳が見える写真では、この特徴的な耳たぶがチラッと見えているのもあるように思います。
    目歯比率は個人で変わらないそうで、愛子さまが別人という記事で、初めて知ったのですが、目歯比率を測ると左が目の間(3.6cm)目から歯(4.2)=1.166
    右が目の間(3.6cm)目から歯(4.1)=1.166  精密な物差しでないですが、
    ほとんど同じようです。
    耳がはっきり写っているのがあると、目と耳の位置関係から比べることができますが、闘病中のは耳がきちんと写っているのを見つけられませんでした。
    たとえば、俳優の今井雅之さん、ラグビーの平尾誠二さんも癌?で亡くなっていますが、晩年の画像は、とても痩せていて別人に感じます。画像検索するといっぱい出てきまます。
    私の亡くなった家族は、耳たぶが福耳だったのに、最期に向かって痩せてしまったら、切り立った耳たぶになりました。頬もこけ目もギョロとして別人のようになってしまいました。そのぐらい変わってしまいます。
    結果的に生贄になったかもしれませんが、この画像は同じ人物ではないかと思い参考までにメールさせていただきました。

    ---------------------

    それに対して、私はこう返事しました。

    ---------------------

    私の父も癌に五回もかかっていますが、こんな風に顔は変わりませんでしたよ。
    どんなに痩せこけても、顔の雰囲気までは変わりません。
    骨格はいくらでも似ている人を呼べますよ。
    問題は雰囲気ですよ。
    参考までに。
    あなたはいつも向こう側に都合のいいメールを出してくるので、気になりますよ。

    ---------------------

    私の父が癌で最も痩せこけたときも、父であることは一目で分かりました。
    しかし、小林麻央の入院後の顔は、小林麻央だと言われないと分からないレベルです。
    雰囲気までは病気になっても変わりません。
    少なくとも、その人を一目見て、すぐにその人だと分かります。

  •  
    rapt

    Posted at 00:36h, 18 8月

    ちなみに、小林麻央が癌にかかる前の、極力、スッピンに近い顔を見てみると、やはりまつ毛の形が入院後のものと違いますね。

    〈入院前〉
    http://jprime.ismcdn.jp/mwimgs/2/e/620/img_2e695ad2655cf30e03fd70da464ea97d318716.jpg

    〈入院後〉
    https://stat.ameba.jp/user_images/20170602/17/maokobayashi0721/8a/50/j/o0480064013951584123.jpg?caw=800

    これが動かぬ証拠ではないでしょうか。

  •  
    rapt

    Posted at 00:49h, 18 8月

    やっぱり工作員だったようです。
    ここ最近、ちょくちょく悪口を書いてくる人から早速、援護射撃が来ました。

    ---------------------

    NAME : いしころ
    Email : bolegpBl235987@ezweb.ne.jp

    ■Message
    否定されたぐらいで、いちいち癇癪起こすなよ。人間のクズが。

    ---------------------

    彼ら、グルですね。
    まあ、頑張ってください(笑)

    ちなみに、この「いしころ」は私がさゆふらっとの悪口を言っているのを聞いて、私に次々と悪口を書きはじめた人です。
    さゆふらっとの仲間ですね。
    あと、「いし」というのは、フリーメーソンのことですね。
    だけど、フリーメーソンの内部では小物なので、「いしころ」なのでしょう。
    しかし、それでも「いしころ」と名乗らせてもらえるだけでも、向こう側では名誉なことなので、「いしころ」と自称しているのでしょう(笑)。

  •  
    Omuhi

    Posted at 01:14h, 18 8月

    Raptさん、今回も衝撃的な記事をありがとうございます!!やはりRaptさんの元気な声が聴ける対談や鋭い記事に、衝撃を受け、更に洗脳から解かれた気持ちで元気が出ます!
    いまだにしょうもない妨害メールが届くのですね。
    『いしころ』は自分が石ころ並に小さく惨めなことを表しているお名前なのでしょうか。大した事が書けない時点で正に石ころですね!まさに工作員にピッタリなお名前ですね。このような工作員の滅びと裁きを徹底的にお祈りさせていただきます。石ころのような工作員が砕けて『砂つぶ』になり目に見えないほどになってしまうように。

  •  
    進撃

    Posted at 02:25h, 18 8月

    久々の記事の更新ありがとうございました。今は音を出せないので明日ぜひ新しい曲を聞かせていただきます。
    私も小林麻央の死に不信感を持っていました。というのは海老蔵のブログは小林麻央の死の当日か翌日にも意気揚々と稽古に出かけていたり,死亡時刻がはっきりわからなかったり。。。。また麻央さんの死後息子の初舞台を何の悲壮感もなく開いたり、小林麻央の姉との再婚話を持ち上げたり、海老蔵はこの機会を待ってましたかのように息子を露出し姉と遊園地に行き。。。最愛の人をなくした夫にはどうやっても見ることができませんでした。なるほどこの写真は別人だったのですね。ありがとうございます。なんと恐ろしい男でしょうか。でもこれがイルミナティの本質ですね。麻生太郎の悪魔度は底なしですね。本当にイルミナティが滅びる日を毎日祈っています。

  •  
    真実を知り行動する人

    Posted at 03:39h, 18 8月

    RAPTさん、更新ありがとうございます。

    なるほど!!
    小林麻央に関しましては、ファンでも、何でもないのですが、いつもパソコンを開いた際、彼女と海老蔵のブログがランキングでトップに来ており、意図的な不自然さを感じておりましたが、ストーリーとしましては、「美人アナウンサー、癌からの復帰!!涙の家族愛!!掛けてて良かったガン保険!!」と言う美談かと思っていましたが、気の毒ですが残念な方でしたね。

    芸能人も影武者?!河原者と皇室との繋がりを考えると不思議ではありません。
    麻央さんの顔ですが、気になって検索してみたところ、確かにパッと見はご本人かと思いましたが、ご指摘の通り別人ですね。
    ご丁寧に、スポンサーサイトはアフラックでした。

    お話にもありました愛子さんの影武者、影子ですが、今年になってからは、お笑いレベルの誰が見ても別人で、一説ではマレーシアで殺されたとされる金正男の娘と言う話もありますが、全く持って醜い悪魔の権力争いでしょう。

    先日のNHKスペシャルで「731部隊」をやっていましたが、日野原重明も関わっていたと言う話もありますが、RAPTさんによって真実がここまで明らかになると、もう何も疑わないですね。

    戦争で亡くなられた方、平和を愛するみなさんに、心よりお祈りいたします。

  •  
    あやこ

    Posted at 08:38h, 18 8月

    RAPTさん、対談者の方、素晴らしい対談者を有難うございました。久しぶりの一般記事にふさわしい、本当に衝撃的すぎる内容でした。
    RAPTさんの声もとても快活で、更にパワーアップされているのがわかり、嬉しくなりました。
    新曲も素晴らしいメロディに心揺さぶられました。フルで聴ける日を心待ちにしております。
    日野原重明氏の訃報が流れた時、7月ではありましたが、18日午前6時30分と聞いて、(しかも105歳・・・)どこまでも6だなと思ったのを覚えています。
    やはり真っ黒黒だったんですね。
    世界の偉人を見回してみても、名誉的に表舞台で大きく取り上げられる人の裏はどこまでも闇ですね。表の光が強い分、闇は一層濃いのだとまたもや証明されてしまいました。ご多聞に漏れず芸能界も裏は真っ黒黒なのは皆分かっていることでしょうに、それでもテレビから離れられず、憧れや希望や信じたい気持ちを持ち続けられるのですから、どれだけテレビの影響力(洗脳力)が強いかわかるというものです。
    市川海老蔵に関しては、やっぱり・・・ですね。やる事なす事、どれも胡散臭く思えていましたが、まさに身の毛もよだつ悪魔の所業です。
    台湾の建国がどのように関わってくるのか、本当に興味津々で、早く続編を聞きたくてうずうずしてしまいます。ご多忙と思いますが、楽しみにしております!
    RAPTさんと対談者さん、兄弟姉妹の皆さんに神様からの祝福と御加護がありますように。
    そして心から悪魔の滅びを祈ります。

  •  
    イケメンマッサン

    Posted at 09:20h, 18 8月

    RAPTさん一般記事更新心待ちにしていました。
    海老蔵真っ黒ですね。
    歌舞伎ブームの再来と癌ビジネスのために生贄に妻を捧げる…。
    偽善、人殺し、全て聖書に反することばかりしますね。

    https://blogs.yahoo.co.jp/mikaeru0628/38839939.html
    日野原さんが、731部隊と繋がっていて、そこで人体実験のために使われていたナチスドイツが開発したマスタードガスを抗癌剤として再利用したというエピソードを船瀬俊介さんと内海聡さんの対談動画で見ました。
    https://m.youtube.com/watch?v=MsQJEK6A7JQ
    アップ主が出口王二三郎なのが気になりますが笑笑

    小林麻央さん、写真が別人でびっくりしました。
    替え玉ですね。
    殺されてたのでしょう。
    麻央さんの家族が気の毒ですが、姉妹揃って、明石家さんまの恋のから騒ぎ出演きっかけで、女子アナになれるということは、小林家、お家柄も良いのでしょうね!
    次回記事も楽しみにしています!

 

 

Post A Comment

 
   対談者募集中 ! !
私と対談したい方を募集中です。応募条件は、私のブログをある程度読んで理解されている方です。性別や年齢は問いません。 対談はスカイプを通して行いますので、パソコンをお持ちの方で、静かな環境の中で長時間、対話ができる方に限ります。 個人情報などは一切開示を求めません。 ふるってご応募下さい。
   おすすめ商品 ! !

難病に効くと言われているタヒボ茶。健康増進に大きな効果があります。お奨めします!!
最近の投稿
   お奨め商品(2)

「だし & 栄養スープ」
食品添加物不使用の安心安全なダシ。粉末をお湯に溶かすだけで極上の味に。栄養満点で体にも元気が湧いてきます。お奨めです!!
カレンダー
2017年8月
« 7月    
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31  
過去の投稿